りっぷたいでんはにー!
IF世界のJane Doe ver.
私が他県から転校してきた中学校に、めちゃくちゃかっこいい男子がいた。都内の中学ではかなり知れ渡っていて、すごく有名だった。
でも女子たちは遠巻きに見ているだけの変な状況で、まぁきっとみんな自信がないからなんだと思う。
私だって勿論完璧に釣り合うとは思ってないんだけど、割と可愛いほうだと思うんだよね。全然モサい女子じゃないし、可能性はあるほうだと思うんだ。で、十一月七日はその男子の誕生日だということを知って、急いで準備した。
「あの、相多くん、お誕生日おめでとう。あのね、マフィンを焼いたんだけど……どうぞ」
ざわざわ。
廊下で、目立たないように小さく声を掛けたつもりだったんだけど、周囲にいた生徒たちは一気にこちらに注目してきた。
彼を目で追うようになってから気付いたんだけど、相多くんって一人になることがほぼないんだよね。校内では絶対男子の誰かが周りを付いて回ってるし、スマートフォンは持ってるのにグルチャ系は絶対入らないらしいし、そもそも友だち登録も気軽にさせてくれないらしい。手紙とかで呼び出しても百パー応じないっていうのも聞いたから、恥ずかしいけど廊下とかで正面突破するしかなかった。
「受け取れない。でも、ありがとう」
初めて相多くんの視界に入ったことがすごく嬉しかったのだけど、すぐに断られた。
「えっ、なんで受け取れないの?」
こんなに緊張して勇気を振り絞ってる女子からの手作りのプレゼントだというのに、即答されたことに驚いて思わずそう言ってしまった。
すると相多くんは軽く首をかしげて、「それ訊く?」と、真顔で切り返してきた。
ざわ。しーん。
騒々しかった廊下が一気に静まったことに、私が一番驚いた。
「あっ、ううん! 余計なこと言ってごめんなさい」
すぐさま謝ってしまった。こんな空気は初めてで、まるで吹き飛ばされそうな……圧で倒されるくらいの雰囲気。
……相多くんは、何事もなかったかのように私の横をふわ、と通り過ぎて行った。
「未久……大丈夫だった? 転校してきてまだ二週間だもんね、知らなかったよね。ごめん、教えてあげればよかった。相多くんってプレゼントは一切受け取らないんだ」
可愛いからワンチャンあるかも! と思っていたさっきまでの自分を相多くんにあっさりと透明人間にされて、すごく恥ずかしくて、ちょっと放心しながら教室の席に戻ったら、クラスメイトのまーぴがなぐさめに声を掛けてきた。
「そうなんだ……」
「ちなみにあんな感じでも断り方はマシになったほう。小学生のときは相多くんの幼馴染経由で渡せてたらしいんだけど、それも駄目になったんだって。相多くんが経由禁止令を出したって聞いた。あ、あそこの子、相多くんと小学校一緒だよ。話聞いてみる? ねえねえー」
まーぴが二軍女子の一人に声を掛けに行った。まーぴは多分この学年では一番か二番目に可愛いと思う。私が転入してきたから一位か二位を争うかんじの可愛さで、今クラスでは私とまーぴで一軍をまとめてる。
「あっ、松本さん大丈夫だった……? 相多くんって誰にでもああだから全然気にしないで大丈夫だよ」
「そうなんだ! 知らなかったよー、恥ずい。ありがとね」
二軍女子がうっせえな。
「未久に相多くんのこと教えてあげて? 昔はみんなプレゼント渡せてたんでしょ?」
「あ、うん。今考えれば暁野さんの長年の心労がやばかったんだと思うよ。あの時はみんな子どもだったから考え足らずだったんだよね」
「ああそっか。なるほどね」
まーぴが納得してるようだけど、誰それ。
「アキノさんって誰?」
「未久、暁野さんも知らなかったっけ? 二つ隣のクラスの出席番号一番の女子。超真面目女子」
「りこちゃんって言うんだけどね、家が相多くんちの隣なの。……あ、松本さん、暁野さんに色々聞こうとか絶対しないほうがいいよ。一発で相多くんに嫌われるから」
「うん。未久、暁野さんにはマジで触んないほうがいーよ。相多くんのことで暁野さんの悪口言った男子や女子、みんな未だに相多くんから無視されてるから。見ててマジでキッツい」
「うん、まーぴちゃんの言う通り。小学校の同級生で、耐えられなくて違う中学に行った子いるもん」
アキノリコ……アキノリコ。顔が浮かばない。あとで見に行こうっと。
「そうなんだ。アキノさんって相多くんのなに?」
「なんでもない幼馴染でしょ。まあ、見てると兄妹みたいなかんじだよね。つか小学校のときからあんな感じ?」
「うん、未だに一緒に登下校してるから最初はあやしく見えるんだけど、全然付き合ってるとかじゃないよ。ほら、妹いじめられたら兄としてはキレるじゃん? そんなかんじ。生まれた時から一緒だから、あの二人」
うそ、そんなに相多くんに近い女子がいたの? 登下校も学校周辺で少し待ち伏せして見てたけど、相多くんって基本周囲に男子しかいないじゃん。全然気付かなかった。
「そっか。ていうかさ、皆はもう相多くんを諦めたの? 昔はプレゼントあげてたんでしょ?」
二軍女子はきょとんとした顔で私を見た。え、なんか変なこと言った?
「……うーん、さすがにもう現実見てるっていうか、相多くんより劣るけどアイドルのファンをしてたほうが楽しいし。相多くん、芸能人やモデルとか外国のセレブからも告白されてるらしいし、うちらと世界が違うんだよね」
「まあねー。相多くんって芸能界ぜんぶ断ってるもんね、同じ学校に居られるだけでうちらはツイてるよね。未久もさ、相多くんは観賞用っていうか、目の保養にすればいいんだよ」
……「うちら」? え、それって私も入ってんだ。
「でもアキノさんだけは別ポジなんだ? 私ちょっとそのクラス行ってみるね」
「え! ちょっ、未久待って! マジでそればヤバい」
「だってさ、まーぴも私も一回アキノさんと仲良くなったらよくない? 相多くんとちょっと話す機会増えるかもじゃん?」
二軍女子、あんたは無理だけどね。
「えっと、松本さん、それけっこう試した子いるんだけどね……相多くんにはお見通しっていうか……あのさ、ほんとにキレるよ、相多くん……」
「あー、教えてくれてありがとー。まーぴ一緒に来てー」
「未久……私ついてくだけだよ?」
さっそくそのクラスに行って、ドア付近にいた男子に「えっとー、アキノさんいますか?」とめちゃくちゃ可愛く聞いてみた。
「いたら何」
すると教室の奥から返事が返ってきた。その人がこちらに歩いてきて男子の肩をポン、と触ると自然に男子はササッとその人に道を譲る。
教室の入口で腕を組んで私の前に現れたのは、相多くんだった。
「未久、戻ろ。マジで、もう戻ろう」
まーぴが小声で言いながら私の腕を強い力で引っ張る。本気で戻りたいんだなってわかった。
私は、なんでアキノさんを呼んだのに違うクラスの相多くんがその教室からすぐに現れて、しかもすでにキレているのか状況が理解できなくて、声が出ない。
「あんた、ついさっき俺が断った奴だよな」
無表情の相多くんに無感情の小声で言われて、とにかく頷くことしかできない。
「行動パターンが低能。俺に断られて、次に向かう場所がなんでここなんだよ。何の用。言ってみな。何しに来た」
「…………」
「言えないことをしに来たんだ?」
教室が無音になっている中、相多くんは私を見下げて超小声で話し続ける。
「あのまま終わってればただの背景だったのにな。今からあんたは障害物だ」
体が震えてきた。
「障害物はさ、徹底的に避けないと。転んでつまずきたくないし。ほら、歩く道にでっかい石があったら不快だろ?」
気づいたら、まーぴの引っ張る手も力が抜けていた。
「だから今後、りこと俺の視界に現れるな」
「……!!」
アキノさんも入ってるんだ……。
「聞いてる? 返事は」
涙を必死に堪えて返事をしてから、その日は悲しすぎて学校を早退した。
「……うわあ、汗びっしょり」
嫌な夢を見て、唸りながら起きてしまった。
ふとスマートフォンを見て、ああ今日は十一月七日か……、とため息が出た。
中学のあの思い出。私の最大の黒歴史だ。
なにを思ったのか当時調子に乗りまくっていた中学生の私は、どう考えたって次元違いの世界に住んでいた男子にバカみたいな妄想に近い期待を抱き、その後卒業まで無視され続けるという地獄を見た。
あの頃の友だちだったまーぴとは結局高校も一緒で、なんだかんだでずっと支えてくれて、二人でそれなりに楽しく、でも大人しく現実を見ながら十代を過ごした。
大学はちょっと地方寄りの国立を選んだから周囲はモサ男ばかりだけど、おかげで私は一軍女子として息を吹き返したので、勉強とバイトに明け暮れながらも楽しく穏やかに過ごしている。
私が相多くんの障害物になってからは、彼からあからさまに避けられるのが怖すぎて、相多くんに遭遇しないよう行く道すべてを慎重に選び生活していた。高校も相多くんと暁野さんと被らないように選んで……。
そんな高校生の頃、一度だけ偶然下校する二人とすれ違ったことがあった。
道を曲がったらすでに二人が間近に歩いてきていて、急すぎて引き返すことも隠れることも出来なかったので、下を向いて端に寄ったことを憶えている。
『じゃあ、俺が作るから! それなら来てくれる?』
『ええ……? 恭太の誕生日なのに恭太が料理するの? いいよ、大変じゃん。ていうか今年は色んな人が挨拶に来るパーティやるんでしょ? 私はいいよ』
『いや、パーティは仕事みたいなもんだから来なくていいよ。俺は、俺んちでりこと誕生日会ができればそれでいいの。何食べたい? あっ、カウンターの鉄板使ってお好み焼きとかやる?』
『え!! お好み焼き……』
『よし、お好み焼きやろう。絶対やろう。俺練習しておくから。絶対お好み焼きパーティやる。りこ、来てくれる?』
『むむ……!!』
『あっじゃあ、もんじゃ焼きもやる!?!?』
『むむむっ!!』
『よしやろう。全部やろう。一緒に具材も買いに行こうね?』
「あー、涙出てきた」
もう何年も前だというのに未だに鮮明に思い出す、暁野さんに話しかける相多くんのとっても優しい声。
「そりゃ、怒るよ」
あんなのさ、駄々洩れじゃんね。
暁野さんだけに向けられた、気持ちがたくさん溢れてる声だ。
好きな子が他の人間の標的にされるなんてさ、恐怖だよね。相多くんだって普通の恋する人間だったんだよ。
私も、今の彼氏が誰かから嫌なことをされていると知ったら絶対怒り狂うもん。
「なんてねー、恥ずっ」
人を愛するってのは難しいね。本当に愛してみないと実際わかんないもんな。
「……あ、礼司だ。もしもしー。ん、おはよ……はあ? 別に、泣いてない」
さよなら相多くん。お誕生日……おめでと。
こんばんは。恭太さん誕生日おめでとうの日に、クセ強めの短編をぶっこみました。クセがありすぎたため正面玄関に飾るのは難しいなと思い、真里谷んちに掲載することにしました。
ちなみに教室で相多くんがおこだった時、りこちゃんはちょうど席を外していました。トイレとか日直の仕事とか。
この時分、彼氏でも何でもない相多くんはりこちゃんに迷惑を掛けないように基本的には距離を置いていますが、廊下で公開告白みたいなあほなことをされたため、こいつもしかしたら…を考えてこの時だけ先回りして教室にいたら本当に来やがった、という裏事情です。
『IFおさななじみ』の世界線は、恭太君が本編で望んだ「りこの隣の家にあっさり生まれて普通にりこと育って一緒に遊んで学校に行って然るべきタイミングで告白してずっと仲良く付き合」えるという、夢のような世界がモデルでございます。
そのため、基本的にみんな幸せになれる方向で温かく人生が過ぎていきます。
Jane Doeちゃんもこの世界では地に足を付けて、人道に反れずそれなりに穏やかに、そして然るべき相手と幸せに過ごしてるのだろうなあ、と思い、書いてみた作者でした。マジで間に合ってよかった。書き始めたの当日の17時…今日は終わらないな……と半分諦めて書いていました。この頑張りを本編執筆でも出すべきだな。
ちなみにIFの世界でも、未だに恭太君の『然るべきタイミングで告白する』その然るべきタイミングは来ていないようです。いつ来るのかな? ていうか来るのかな? 来るといいねーへっへっへ……。
2021.11.07 まりや