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りっぷたいでんはにー!

IF・ふたりのせいちょう期 ver.


 俺の脳みそは昨夜からちょっと変になったのかもしれない。
 だって朝食の席で頬杖をしながら俺を無表情で見る兄を前にしても、俺は何も警戒できなかったんだから。

 


「ああ、そういえばキオ。りこちゃんちの鍵、持っていたよな。今ある? ちょっと貸して。」
「? なんで。まあいいけど……、はい。早く返せよな。」
 鍵をポケットから出してリックスに渡した。この鍵でりこんちの台所側のドアを開けられる。
「……お前……まさか本当にすぐ出てくるとは……自宅の鍵は持ち歩いてねえくせに。」
「俺らの周りは生体認証がほとんどだろ。あとは家の誰かが持ってるし。」
 俺とリックスなら目と指があれば基本どこでも開くから鍵なんてもう数年持ってない。最悪、マスターパスワードも覚えてるし。でもりこんちの鍵はずっと肌身離さず持っている。
「……まあいいや、今はそれが論点じゃねえ。お前これ、他にもスペアあんの?」
 リックスは鍵を興味無さげに見てつまんなさそうに訊くから、じゃあ返せと思いながらも頷いた。
「ふーん。どこに?」
「デスクの引き出しと、セーフティボックスの中と、ニューヨークの俺の部屋に置いてある。」
 あとクローゼットとキャビネットとベッドのサイドテーブルとセビーリャの俺の部屋にも置いてあるけど、全部いちいち言わなくても別にいいよな。リックスが何を知りたいのかよくわかんねえし。
「……あとは? 台所の鍵だけ? 玄関は?」
「玄関はさすがに持ってねえよ。フッ、りこに悪いだろう。」
「……なんだその『これでも俺は気を遣ってやってる』みたいなドヤ顔。台所の鍵は悪いと思ってないのか。」
「だってりこが玄関も台所の鍵も忘れた時に俺がすぐ渡せたら、りこが困らなくて済むじゃん。」
 りこはどちらの鍵も束で保管して持ち歩くから、忘れる時は両方全部忘れるのだ。分ければいいじゃん、と最初は思ったけど……言わない。だって、そういう時にこの俺の出番だろう?
 いつか「恭太ありがとう! 恭太ってすごいね!」とか言ってくれるかもしれないし。もしくは「恭太のおかげ! 好き!」ってなるかもしれないじゃん。

 ……いや、「大好き!」かもしれない。
 あと、ほっぺにちゅってされたらどうしよう?!
 もしかしたらぎゅって抱きついてくるかもしれないぞ??!!?
 ……ふふ……、ふふ……。まあ、りこならしょうがねえ……特別に許すけどな……。

「ふふ……ふふ、ふふ。」
「……。」

 今思えば。
 この時のリックスは半目に無言で俺を見下ろしていたのに、いつもの俺なら何かが変だと感じたはずなのに。

 頭の中が昨日の夜からりこでいっぱいで、全然気付かなかったんだ。

 

 

 今はほのかに暖かくなってきた四月の終わり。俺たちは五年生になっていた。
 ついでにりこの弟の龍は二年生に。今年度から集団登校班ではなくて、りこと俺の二人と一緒に行きたいというので今は三人で登校している。

 りこと俺は初めてクラスが分かれた。
 幼稚園からずっと同じクラスだったのに。出席番号だって相多の次はいつも暁野だったのに……今りこのクラスでは、りこが一番で二番は飯田とかいう男子だ。りこの隣に俺じゃない男が並んで列を作っているのを見るのがこの一ヶ月本当に多くてすげえムカつく。
 だから下校の時は用事がない限りなるべくりこと一緒に帰るようにしている。今までは斗儀たちのもとに遊びに行ったり、家庭教師や習い事をする日もあったけど、とにかく今はりこを見張っていたいので優先順位を変えた。

 夜はリックスの部屋で、りこの部屋の電気が消えるのを確認したら俺も自分の部屋に戻ってベッドに入って、寝る。大体十時前くらいだけど、りこはたまに九時過ぎ早々に寝てしまうこともあるのでその時間帯は俺もこの部屋に来て勉強したりしながらチェックしている。リックスの戻りは二十三時過ぎだし、帰って来なかったりもするから気にせず使いたい放題だ。
 別に、これはもう何年も前からのルーチンだから今更何とも思わない。しかも俺はりこが好きだと気付いたのだから、チェックして当然なのである。

 


 でも昨夜は、いつもと違ったんだ。

 りこが窓を開けて空を見ていた。
 陰ながらチェックするのが普通だったから、いきなりターゲットが現れて大いに焦り、バレたのかと思って一瞬隠れた。
 ……で、りこからは俺が見えるわけはないと我に返る。だって俺はいつも間接照明しか点けていないし、この部屋は外からは何も見えないようになっているし、そもそも人がいるかなんて双眼鏡で見るような距離だ。
 ふと夕方のニュースを思い出した。『今夜は数十年に一度の、日本で観測できるとても大きな満月です』と言っていたから、りこはそれを見たかったのだと思う。

 そっと双眼鏡を手に取り、ターゲットにピントを合わせた。

 お風呂上がりのりこだ。
 タオルを髪にあてながら、薄いキャミソール一枚でぼーっと……空ばかり見ている。りこの視線の先には星空。

 

 ……俺はその視線を辿ることなく、りこから目を放せなかった。

 一緒にお風呂に入っていたのはもう昔のこと。しばらく俺はりこのあんな姿を見ていない。
 お風呂上がりのりこは雰囲気一帯がほかほかしていて……、開けた窓から入る夜風に少し半乾きの髪を遊ばせて、身を乗り出して月を見る。

 あった、と言ったのだろうか。りこは口を開けて月を見つけた喜びを表情にしていた。

 その情景は俺にとって、今まで感じたことがないような熱さを心に残した。
 肌が露出した丸い肩や、ちょっと湿っている髪、やわらかそうな胸や、ふわふわ笑う表情。

「…………。」

 ……りこが、いつもとなにか違う……。

 


 りこのチェックを終えて、俺も自分の部屋に戻りベッドに入っていつものように目を閉じるけど、目の裏ではさっきのりこが瞬時に現れる。
 自分の体が燃えるように熱くなった。

 なんだろうこれは……熱でも出たのか?息も上がるし、鼓動は乱打。

 どきどき、どくどく。

 明日起きても熱かったら病気だろう。……寝れば治るよな……明日考えよう……。

 

 というのが昨夜。

 


 夢にもあの格好をしたりこが現れて、目を細めて窓から月を見ていた。俺は吸い寄せられるようにその窓まで浮遊して、りこの邪魔をしないようにそっと……静かに窓辺に辿り着く。

 その時りこは、とても気怠そうに……視線を月から俺に流した。

 目が覚めたのはまだ朝陽が出たばかりのような薄暗い早朝だった。
 股が気持ち悪くて起きたら、……俺の下着は大変なことになっていた。

 


 俺はバカじゃないので。
 とはいえ初めてのことだったから本当はすげえ驚いたし、一瞬だけ病気かと思ったことは内緒だけど。スマートフォンで病状を検索しようともしたけど!

 深呼吸をしてから冷静にそれを見て、ああ……と閃いた。

 俺はこれが何なのか知っている。

 この前三田高のあいつらがアホみたいに話していたのを聴いていただけの記憶では、初めてのきっかけは友人の家でエロ本を見た時とか女の教師やクラスメイトの胸が見えた時などの日、またはその夜に起こるらしい。
 数年前、性教育を家庭教師に習った時も大抵大人の女がきっかけだと言っていた。それに平均は中学生くらいと、始まる時期はその辺りだそうだ。ただし九、十の齢で来てしまう男がいる一方、十六、七まで無い男も稀にいる。周囲の環境と発育に起因するので早い遅いに優劣はない、と。

 三田の奴らをきっかけに以前習ったそんな話を思い出した。
「来たら来たで今度は死ぬまでそれに付き合わないとなんねえしんどさがある。むしろ来ないうちが純粋に人生楽しめるんだよ」と、斗儀が慶尚の後頭部に万年筆を高速で飛ばし黙らせてから俺に言っていた。皆、昼寝中の俺が起きて後ろで聴いていたとは思わなかったらしい。ちなみに斗儀は万年筆のキャップを外してから正確に狙いをつけて飛ばしたため、無事に慶尚の頭に一瞬刺さり俺と適当にハイタッチした。

 まあ、だから別にあいつらの話で初めて知ったわけじゃねえし知識として記憶してたけど、身近な奴らの経験談というのは案外大きく心に残るもので、漠然と俺は大人の女をきっかけに色んな変化がくるのだろうと思っていた。

 なのに話が違う。

 実際、起き抜けの俺の下着は二度と履きたくないくらいに汚れていて、原因は多分夢。で、夢の内容はりこである。
 大人の女じゃなくて、ただのりこである。

「…………。」

 


 俺はりこが好き。それはもうわかってる。
 りこは可愛いからな。世界一可愛いから、まあ、この俺が好きになるのは当然。……ケンカばっかりだけどな……、仕方ない、りこは頑固なので自分のやり方があるものを途中で変えられると怒るんだ。だから、りこと仲良くするためには少しりこに時間をやるのがいいと気付いた。
 数学のような最短の回答が、りこと俺の間でも正しいとは限らないようだった。りこの絶交は本当に心底嫌だから俺はずっと待つ。大丈夫、りこは俺を「かっこよいです」と言ったからな、まだまだ待てる。でも早くりこも俺を好きって言えばいいのに。

 などと毎日考えてはいたけど、それのせいなのか……?

 りこの肩から胸にかけてのまあるい体の線が脳にどかん、と舞い戻ってきた。
「ぅわ!!」
 俺のそれが硬くなる。うわ……なんだこれ。
「……?!?!」
 知識で理解するのと実際に身に降りかかるのとではこんなにもインパクトが違う。
「っ!!」
 触ると、あり得ないくらいの快感が腰を突き抜ける。思わずベッドに戻ってブランケットを被り、一心不乱にこれを鎮める作業に取り掛かった。

なんだよこれ、突然断りもなく来るなよ?!

「りこ、りこ……、…………!」

 

 

 ……ああ、二度寝することなく起床時間が来てしまった。

 俺の部屋のバスルームで洗った下着がメイド経由でバレるのも腹立つから、なんかすげえムカつくけど朝食でリックスと二人になった時に、この現象について軽く訊いてみた。こういう時に限ってリックスはまだ家にいるのである。

「あー、そうか。おめでと。」
「……なんで俺は今祝われたの?」
「気にすんな。お前が大人の男になったってことだよ。」
 などとリックスは言い、話は無表情のままリックスが俺に何故かりこんちの鍵の在り処を訊いてきた冒頭に戻る。

 大人の男……!

 そうか……俺は大人の男なのか……!!

 そう言われてすぐに、俺とリックスがモデルで出た雑誌を思い出す。りこは俺のページよりも、知らねえ年上の男のモデルばかり見ていた。

 つまり俺はその土俵に乗ったということだ。
 うわ、うわ。すげえ。りこが好きになるかもしれない男の対象に俺が入ったってことか?

 ぶわわわわ、と悦びで身体中の血が静かに昇った。

「キオ、今日もりこちゃんと勉強するのか?」
「わかんねえ。宿題があればそうするけど。……なんで?」
「いや……別に。……ご馳走様。じゃあな、行ってくる。」
「ん。」
 朝食を食べ終えて、執事に朝食の礼を言いながら俺に鍵を返したリックスは、ジャケットを羽織り部屋から出て行った。俺もりこを迎えに行かなければならないから急いで身支度をしないと。

 実は今日……宿題ない日なんだよな。りこと一緒にいる用事がない。

 明日の時間割をチェックして予習のネタを探すか。

 ……。

 ふと、りこの体を思い出してしまった。
「!!」
 うわっ、やばい、やばいやばい何思い出してんだよ俺、ていうか思い出すの何度目だよ? もう迎えに行かねえとなんねえのに抑えないとっ……! うっそ、あーっ、痛え。うわ、ちょっと、おいおい待て待て待て?

 え、なにこれ? さっきからなんなのこいつ?!
 俺のなのに俺はコントロールできないの?

 お前、俺だろ!?!!?

 夢で出してさっきも出して、また出したいの? はあ?! 意味わかんねえ。

 ……くそ、あーーーだめ、もたない。

 パニックになりながらトイレに駆け込み、よくわかんねえまま再度りこを思い出し、出すだけ出した。
 なんだかりこに会い辛くなった気もして、ちょっと涙も出て。
 トイレから出たときは精神的にあり得ないくらいの大ダメージを感じて、体も運動後みたいにぐったり疲れていた……。

 

 


 ピンポン。

 あっ、恭太もう来ちゃったのかな?!
「龍、恭太かも!」
「えーはやいー!」
 今日はすごく早いね?! まだホットココアが残ってるけど、急がないと!

「はいはーい今開けます、あら、リックスさん!」
 お母さんが代わりにドアを開けに行ったら、幸さんが立っていたようだ。私もココアを途中でやめて一旦玄関に向かった。
「おはようございます、朝早く申し訳ありません。あ、りこちゃん、龍もおはよう!」
 にこにこした、いつもの幸さんだ。
「おはよーございます!」
 龍が元気よくあいさつした。
「幸さんおはようございます! 恭太は……、今日はお休み? 病気ですか?」
「いや、勿論あとから必ず迎えに来るよ。りこちゃん、龍も、朝ごはん途中だろう? 食べておいで。」
「あっ、はい!」
 うん、早く食べ終えておかないと、また恭太が怒って玄関に座り込むからね!

 幸さんとお母さんがお話をしている間に私たちはココアを飲む。歯みがきの前に、忘れないうちに龍にハンカチとティッシュをわたす。その間にお母さんが戻ってきた。
「幸さんは帰ったの?」
「ん、仕事に行かれたわ。ほらあんたも恭太くん来ちゃうから早く準備しなさい。」
「うん。幸さんはなにしにきたの?」
「んー? 回覧板ついでにお天気のお話とか、色々。」
 なぁんだ。

 

 


「おはよう恭太。」
「…………はよ……。」
 元気ないな。目も合わない。
 いつもなら「おはようりこほら行くぞ!! 今日は寝ぐせはないなよし! ま、まあ、あっても俺はいいと思うよ、だってりこだからな! 他のやつが何か言っても俺は何も言わねえぞ。全くもってきょ容はん囲だ!」とか朝っぱらから余計なことを言うのに。ていうか、私の寝ぐせに何か言ってくるのはこの世で恭太だけだ。
「恭太、今日は宿題ないけど、お勉強やるの?」
「……あー……、今日は……なし。俺用事あるから……。」
 目が合わないな。ずっと下向いてる。
「ん、わかった。元気ないね。お腹痛いの?」
「はっ……、はあ?! 痛くねえよ!」
 なんか機嫌悪いね。
「あっそう。」
 まあいいや恭太だし。

 宿題がなくて、恭太も用事があって良かった。実は、今日は私もお家でゆっくりしていたいんだ。
 昨日、初めてお月さまが来てしまったのだ。
 初めてなったのがお家で、しかもお母さんがいる時で本当に良かった。授業で詳しく習っていたしお母さんから現象について聞いていたので、あまりパニックにならずに済んだ。
 でも体がとってもだるくて、学校に行くのもちょっと面倒なくらい眠いから、帰ったらすぐにお昼寝がしたいのだ。

「キオくんおはよーなんでおこってんの?」
「ん? 龍おはよう。あー、いや、おれ怒ってないよ。」
「でもかお、あかいよ。」
「んあ??! えっ、うそ、赤い? きっ気のせいだ気のせい!」
「でもねえちゃんにおこってたじゃん。キオくん、ねえちゃんきらいなの? ……いじめたの。」
「いじめてないって……。そ、そそそれに俺はお前のねえちゃんのことがだっ、だいす、っておいどこ行くんだ、ちょっ、待て待て!」
「はははキオくん見てーネコがちょうおこって変な声だしてるー、けんか? すっげー!!」
「龍、あのネコ達はおこってんじゃなくて、ネコも春だから、えーと……、あっ近づくなって、龍!」
「はははははー!!」

 ちなみに恭太は、龍に対しては昔から普通。やっぱり同じ男の子だからかな。
 龍はいいなあ、と最近思う。私も恭太と普通にお話がしたかったな……。

 

 


 土曜日。いい天気だなくそ。俺はもう連日立て続けに下半身がコントロール不可能だし、一方脳内はりこばっかりでずっともやもやふわふわふにゃふにゃしていて気分は豪雨甚だしいっつーのに……。
 さきほど、朝っぱらからメイドや執事や目覚まし時計でもなく、リックスに起こされた。
 滅多にないことだ。驚いたので一発で目が覚めた。家の話だと思い、すぐに着替えて、来いと言われたリックスの部屋へ向かう。

 いつもの朝食もそこのテーブルにあり、トーストとフルーツに、俺の分の温かいカフェオレが淹れてあった。
「まあ食いながら聞けよ、弟。」
 と、リックスは言い自分のデスクに腰を掛け腕を組みながらコーヒーを飲んでいる。
 稀有な状況過ぎて一瞬だけ俺の心臓は変な動きを始めたが、家の話でまともな内容だったことは十年と少し生きてきて一度もないので、一度だけ深呼吸して気持ちを落ち着かせた。香ばしいトーストとカフェオレのいい匂いもするし、言われたとおり食いながら聞いてやろう。

「わざわざ俺の部屋に呼んでやったのは、お前が周囲に聞かれたら嫌だろうと思ってだよ。ここ以外はセキュリティ上、執事らが常に気を張ってるしな。」
 リックスの部屋は防音に防弾、基本的な「防」のつくシステムは全部入っている。この家自体も勿論そうなっているのだが、一度家の中に入ってしまえば俺の部屋には「防音」が無かったり、防犯カメラが部屋の入り口を見張っていたり、そもそも外部からは俺の部屋は見えないような間取りだったり、俺の周囲は何かと内部の人間のために明け透けな部分がある。
 それはひとえに俺が子どもだから、である。極論で言うと、拉致誘拐などの対象になるから。要するに俺は弱者なのである。
 こればかりは仕方ない。『お前なんかいくら知能が高かろうがクローゼットの上段にハンガーすら引っ掛けられない身長で、体重なんか米一俵より断然軽いんだ、あっという間に運搬されちまうよ』などと日頃からさんざんリックスに鼻で笑われている。

「話ってなに。なんか重要っぽいけど。父さんに関係してる?」
「いや、その話じゃねえ。お前と、お前がストーキングしてる女の子の話。」

 ぶはっ、とカフェオレが俺の口から吹き出た。

「スッ……ストーキング……!!?! リックス、俺は女をストーキングした憶えはない。兄とはいえ言っていいことと悪いことがある!」
「自覚無しか、想定内だけどな。言っていいことと悪いこと……ハッ、やっていいことと悪いことの分別もついてねえキオに言われると腹立つなあ?」
 心底おかしい、と言いリックスはくつくつと笑った。
「まあいい、バカな弟のために訊き方を変えてやろう。好きな女の子はいるよな?」

 そう言われ、ばばばばばばばばっと頭の端から端まで全部一気にりこが現れた。

「好っすすすっすすすき!!??!? なっ、なんで俺が今、わざわざこの場でりこのことが好きかどうかをリックスに言わなきゃなんねーんだよ?!?!」
「一応つっこんでおくけど俺はりこちゃんの名前なんて一回も出してねえよ。勝手に頭沸いて人生楽しそうだな、少年。一通り世の中を見てしまった二十七の兄にはお前のアホさが眩しいよ。」
「…………。」

 俺に向かって眩しそうなジェスチャーをするリックスを見て、凄まじい墓穴を掘りまくったことに気づき、体中から煙が出そうなくらい血が上り、恥ずかしさからテーブルに突っ伏した。

「りこちゃんのことになるとキオのIQは六くらいになるからな、今更驚かねえ。まあとにかく聞け。今日、そろそろだな……朝から隣の家に施工の工事が入る。二時間もかからず終わるだろうけど、その工事が終わるまで念のためにキオは俺の部屋から出ることを禁止する。大人しく俺とここで待機すること。」
「は?」
 工事……なんで?

 リフォーム……じゃないよな、そういうのは二時間で終わらない。まあ、りこが引っ越すとかではないようなので、安心した。
「二時間暇だな。久しぶりに父さんとテレビ電話でもする? っていってもマドリードは深夜一時か……。」
「リックス、話を進めんなよ。りこんちが工事って……なんで俺がリックスとここにいなきゃなんねえの?」
「ちょっとはいつものように推測しろ。まあ、IQ六だからな……ヒントをやろう。」
 リックスはそう言うと偉そうに続けた。

「一つ目、お前はりこちゃんが好きだ。去年の誕生日頃に気付いたよな。プロのストーカーのくせに気付くの遅えよ。二つ目、お前はりこちゃんちの家に入れる鍵を持っている。しかも他人様の家のスペアキーを世界中に取り置いている。どうせ俺に言ってない分もあるんだろ。なんでそんなに沢山スペア作って持ってんだ? 御守り? 願掛け?」
「……。」

「三つ目、初めてお前はりこちゃんとクラスが離れてずっとイライラしてる。勉学の優先順位まで下がってるよな? その年齢で情緒不安定かよ、先が思いやられる。もっと健全な少年に育って欲しかったとは言わねえけどな、血筋だしこんなもんだろ。まあいい、次、四つ目。お前は体だけ先に大人になった。以上。」

 ……。

 俺の体から、血の気がさあああ……と引いていくのがわかった。

 思わず部屋の出口まで走ってドアを開けようとしたが開かなかった。
「残念。今日はお前が部屋から出ないように内側も俺の認証を設定したんだよ。お前の行動なんて想定内。」
 いつもは外側しかロックは掛けていないから、部屋から出る時は普通に開けることができていた。
 なんだよ、なんで勝手にこんなことするんだよ?

 俺とりこを繋ぐものが、大切なものが、今そばで取り壊されているというのに!!

「リックス、マジで開けて。頼む、俺行かないとっ……!」
 自分からは信じられないくらい情けない声が出た。それくらい俺は今ショックで、たまらない。
「どこに。りこちゃんちに行くのか?」
「……。」

 俺はドアノブを握りしめたまま答えなかった。

「行ってどうする?」
「……。」

 どうせ、リックスはドアを開ける気なんか……ない。

 


「キオ? …………ぅわ、お前……あー、なんだ、勝手に先手打って悪かった。」
「じゃあ”開げろ”よ”!」
「開けねえよ……ほら、落ち着け。座って、まずは朝食を食え。」
 くそ、リックスに涙見られた。悔しい。

 


「まさかキオがそんなにショックを受けるとは、ってまあこれも想定内。要するに大量のスペアキーはお前にとって心の拠り所みたいな、安定剤だったんだな。……涙だけが想定外だ。」
 一旦リックスの部屋のバスルームで顔を洗って、俺は兄をギロリと睨みながらトーストを頬張る。

 

 とはいえ、言われて気付く。
 鍵さえあれば俺はいつでもどんな時でもりこに会える、と思っていたということを。
 たとえ喧嘩しても絶交しても、りこの家に入れる。りこの部屋は入らないけど、だって鍵掛かってるし、とはいえあんなの大したことない鍵だけど、さすがにりこの部屋に勝手に入ったら絶交の更に上へ行ってしまうかもしれないだろう? だからそういう非常識なことはしないけど、でも台所の鍵さえあれば……。

 多分心のどこかでそう思っていたんだ。

 ……つまり、リックスの思考はこうだ。
 りこを好きな俺が、りこの家にいつでも入れる状況はりこにとって良くないから。
 なぜなら俺はもう大人の体だから。大人の俺が、りこの部屋に忍び込むことができるから。

 だから隣の家は今、台所のドアを総取り換えしているのだ。

「俺の弟がりこちゃんを襲うだなんて考えたくねえよ。でもお前、日頃からりこちゃんに好意が全然伝わってねえのわかってるよな? こんな状態でキオだけ突っ走ってみろ、犯罪だからな。」

「犯ざっ……!」

 そんなことするわけねえだろう!??! 何言ってんだこの兄は!!?

「正直お前のストーキングだって、夜に双眼鏡まで使って……バレたらお前問答無用で引っ越しだから。そのくせ傍から見ててお前態度悪すぎんだよ。」

「…………。」

 え、うそ。俺の毎晩のルーチン業務はストーキングの類なのか……?

「外での社交ではレディファーストのマナーが振る舞えるのに、なんで大事な女の子にあんな態度でいられるんだ? 好きな子はいじめたい状況であることを知って許容しているのは周りだけだから。本人に嫌われたら元も子もねえ。」
「……。」

 俺、そんなに態度悪いか……? 去年から、かなり直したつもりだぞ?
 こんなに毎日考えて、あんなに沢山話している女子はりこだけなのに。気付かないりこが悪い。

「今のお前の顔。気付かないほうが悪いとか思ってんじゃねえぞ。別にりこちゃんはお前の気持ちに気付かなくたって人生になんの支障もねえんだよ。支障が出るのは明らかにお前だろうが。」

 ほんと、リックスって、だからムカつく。

「精通してこれからの数年は猿レベルだろうし。お前がりこちゃんをどうこうする可能性がゼロパーセントでない限り俺はお前の家族として、それに心優しい暁野さん一家の隣で快適に住ませてもらっている隣家としてあらゆる可能性を潰す。いいな。」

「……。」

「更にお前には今ここから、愛する女性を護る紳士としてりこちゃんに接し行動することを望む。」
「紳士……。」
「IQ六の猿なりに考えろ。」

 …………。

 

 

 

 


 一時間半後、ドアの施工が終わったのでリックスと俺は挨拶に行った。
「この度はこのバカが鍵を紛失してしまい、本当に申し訳ございませんでした。」
 そういう設定になっていた。
 リックスが深くりこの両親に向かって頭を下げ、俺の頭も押さえつけて下げさせる。
「……申し訳ありません。」
 リックスに続き、俺も謝った。
「いえ、こちらこそ! こんな最新の防犯システム付きにして頂いて、しかも玄関まで。何もお礼ができず申し訳ありません。本当にお支払いせずによいのですか。」
 りこのお父さんがそう言って俺たちの顔をあげさせた。
「とんでもない、こいつのミスですので費用などお気になさらずにお願いします。」

 そう、隣に行ってみたら、なんとリックスは暁野家のドアをすべて入れ替えていた。
 玄関の鍵は入手していないって言ったのに、嘘じゃねえのに、この兄は全部鍵を替えやがった。そして窓もすべてツーロックと防犯錠に変えた。
 俺はリックスに「弟に対して随分ひどい扱いじゃねえ?」と詰め寄ったが「俺は、弟は信じているがIQ六の猿は信じない」と言い放った。くそ、ほんとムカつく。

「恭太おはよう。」
「っ!! あっ、ぉおはよ。」
 突然りこのお母さんの後ろからりこが現れた。不思議そうに、新しいドアと俺たちを見ている。
 ああ……、昨夜も沢山りこのことを考えて気持ちいいことをしてしまったので、こんなに側に本人がいると、全身でドキドキしてしまう。
 あの日から俺はりことうまく話せなくなった。りこのいないところで変な想像を沢山しているので、恥ずかしくてたまらないのだ。もっと話したいのに、後ろめたさで話せない。
 もどかしい。
「カードをさしてから指もんをここに当てると開くんだよね。面白いね。恭太、新しいドアありがとうね。」
「あっ、いや、……俺のせいだから……。」

「あら恭太くん、あまり気にしないでね。すぐに教えてくれてありがとう。この前の朝、リックスさんが急にいらしたから何事かと思ったのよ。『今、鍵を探してるけどもし無かったらドア替えさせてください』だなんて。リックスさん、有り難いけど本当にいいんですか?だってこれ指紋とカードが両方揃わないと開かないんですよ。家族全員登録しましたけど……このドアが二つも、あと窓まで。一体いくらするのかしら……?」
「皆さんの安全が何よりです。幼馴染のよしみでキオに鍵をお渡し下さっていたのに、このようなことになってしまい本当に申し訳ないんです。ですので、どうかお気になさらず。」

 りこの両親は始終恐縮しっぱなしだったが、リックスがああだこうだと暁野家を丸め込んで押し切り、腑に落ちないけど俺も何度も頭を下げて、自宅に戻った。

 


「キオ、今日からお前は男であることを認識し、心を入れ替えろ。そして周りがお前の後始末をすることがないように、家の人間らしく振る舞え。特にりこちゃんに対しては全部お前自身に跳ね返ってくるんだから自覚を持って考えながら動け。いいな。……おい、キオ。」

 りこ、寝ぐせで髪がくるんってなってた。……かわいかったなあ。

「わかったよ。……ふふ。」

 世界一可愛い。うん、俺のりこは誰よりも可愛いな。
 もうりこんちのドアは開けられないけど、これからは俺の家にりこを招けばいいだけ。今よりも頻繁に。勿論、これのコントロールがつかない日は絶対りこには近づかない。だって俺は大人の男で紳士だからな。
 ……ん? ということはコントロールできない限り、俺はりこに近づけないのでは?
 うーん、まあいい。方法なんて沢山あるだろ。どのくらいでコントロールできるようになるか、あとで調べてみよう。

 ああ、りこったら「恭太ありがとうね」だって。すっげえ可愛いな? ありがとうね、だぞ? 「ね」って!

 ああ……なんて良い天気だ。今日も俺とりこは仲良しさんだ。それを天気が体現している! さっきは豪雨のような気持ちだったのに、今は太陽が眩しくて心地いいな。

 

「ふふ……くっ……ふふ。」
「……IQ二くらいになったか。」

 

 後日すぐに俺は、これが本当にコントロール不可能であること、そんな簡単にコントロールできるなら世界から性犯罪なんて無いということを今更ながら気付き、己の、というか己の己の不甲斐なさに若干絶望し、解決策が極論、忍耐力の向上という精神論しかないということを身をもって知る。

 そしてこの先なんとウン年もりこを己から守るべく己と戦い続けることになろうとは、この時は全く思っていなかったのである。

 

おわり。

 

 

 

 

 

 

 

なんでしょう、この明らかなto be continued的な終わり方は。確実に次話がありますね。

明けましておめでとうございます2020! 今年もどうぞリップをよろしくお願いいたします。

思いつきで始めたこのIFパラレルワールドのお話が、やーたーら長くなってきました。

今回、やっと学年をあげてみたわけですが。恭太くん(小学生ねこかぶりver.)とりこちゃんの会話や、りこちゃんの一人称など漢字率をUP。もう淑女ですので✨ 龍さんもTwitterからif本編デビューです。(if本編とは一体)

龍さんと恭太さんはもし最初からずっと一緒に居たら多分こんなかんじでかなりフレンドリーなはずです。

とはいえifですら、UPが約一年半ぶりだったのですね…本当に、毎日更新やっていた栄光の日々が懐かしい…

台所のカギだとか雑誌のモデルだとか恭太が双眼鏡でリックスの部屋からりこを覗いてるだとか、「かっこよいです」の話とか、IF全部読まないとわかりにくくて申し訳ありません。

このifシリーズ、Twitterと真里谷んちでの連動連載だからTwitterを追って下さる皆々様しかIFの細かな設定や話の順序を理解できない超不親切仕様で誠に恐縮です。相多家と暁野家の位置関係図とかUPしたな…どこ行ったかな…

こんなにみっちり書くんだったらちゃんとシリーズものとして時系列も辿れるように揃えて、Twitterのツイートしかない部分は正しく書き起こし、今から読む方々にも易しい仕様でお披露目したほうが良いのでは…と考える今日この頃です。最近モーメントにするのもサボってるし、…いかん、自分でタスク増やしてる。

 

本年も皆さまにとって素晴らしく良い年になりますよう、お祈り申し上げます🎍

(割​とすぐに次話出ちゃうかも!!!)

 

2020.1.3 まりや
 

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