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りっぷたいでんはにー!

IF・しお覚醒 まりやんち限定ver. 

表 & One day of Keisyo

 リンゴン。
『りこちゃん。』
 インターホンからきこえたのは幸おにいさんの声だ。
「こんにちは! あの、恭太に呼ば、」
『ドドドドダダダダダダバタバタバタバタバ『ああ、そのようだね。いま開けるね。』』

 そう言ってから自動でドアのカギを開けてくれた幸おにいさんの後ろからは、長いらせん階段を大きな音を立てておりてくる音がした。


「遅かったな! 待ちくたびれた! 早く宿題やるぞ!」
 ドアを開けたら目の前に、におう立ちの恭太がいた。
「遅くないよ! わたし、ランドセルを部屋においてきただけだよ!」
「ふん。……あがって。」
「む。……おじゃまします。」
 あいかわらず恭太とわたしは、家に帰ってきてから宿題を一緒にやっている。ドスドスと階段を上がる恭太を見ながら、私も後に続いた。

 恭太のたんじょう日にけんかしてから、恭太は私をブスって言わなくなった。
 それはとってもうれしい。なんでもかんでも恭太のかっこよさを基準にして私を判断されていたら私はおばあちゃんになってもブスなままだ。

 

 恭太は、友だちと仲よくし続ける方法を学んだんだと思う。だから私も、恭太と仲よくしたい。たまにすっごいむかつくけど、私にとって今の恭太は、いやな男子ではない。すごくかっこいいモテモテの、おさななじみの友だちだ。

 でも、こういうどうでもいい言い合いは減らない。さっき学校から一緒に帰ってきて、五分くらい前に恭太とわかれて家に入って、お母さんはまだ仕事だから手を洗って台所に行ってちょっとオレンジジュースを飲んで、お部屋に行ってコートを置いて、ランドセルから宿題のドリルを取って、すぐ来たのに。

「りこちゃんごめんなあ。この口減らずの大バカはりこちゃんと離れる時間が延びる度に寿命が削られていくんだ。りこちゃんの五分はキオの五時間。怒ってるように見えて実は今にも羽ばたいて召されそうなほど嬉しいから。……キオ、そんなに睨んでも怖くねえんだよ。」
「リックスうるせえ早く仕事に戻れよジャマ!」
「お前がりこちゃんのために昨夜予約した苺タルトをさっき取りに行ってやったこの偉大な存在に対してずいぶんな態度だな?」
「あああああああああああああああああー。」
 幸おにいさんの声がぜんぜん聞こえないくらい恭太が大きく叫んでいた。

「じゃあな、りこちゃん。なにかあればお手伝いさんたちに声かけてな。あ、それかキオでもいいよ、りこちゃんに言われたことなら何でもやるからな。」
 階段をのぼった恭太が、そばに置いてあったお手伝いさんの清そう用具であるぞうきんを幸おにいさんに投げつけて、でも幸おにいさんは笑いながらぞうきんを受けとめてそれを置き、お出かけして行った。

「今日はりこの苦手な算数と、明日理科あるだろ、りこが多分苦手な温度と体積のやつ、予習やる。」
「そうなの? わかった、じゃあ理科の教科書も取ってくる。」
「えっ、あっ、取ってこなくていい! おれのがある。ノートもあるぞ!」
バババッと恭太が教科書と新品のノートを出した。
「……貸してくれるの?」
「あっ、ありがたいだろう?!」
「……えと……、ありがとう。」
「どどどどういたしまして。」
「……。」
 最近、恭太はおぎょうぎも良くなったと思う。ありがたいだろうは余計だけど。

 温度と体積はまだ習ってない部分だ。……恭太は、もう予習したんだ。むむ……。負けていられない!!

「わたしも明日からちゃんと次の日のぶんまで予習して、全部ちゃんと持ってくるね。」
「えっ。……りこは予習しなくていい。おれが教えてやる。」
「いいよわたし自分でやりたいもん。」
「おれが教えるって言ってるだろ!」
「? やだ。なんでおこるの?」
「あっ……! お、おこってない……!」
「おこってるじゃん。」
「…………。」

 

 よくわかんないからもういいとして、算数の宿題から始めた。

「りこ……終わった?」
「ううん、あと四問。」
「…………あっ、りこ、あのね……、りこの好きなタルトがあるぞ!食べる?」
「えっ!! いちご?」
「いちご!!」
「わあ……!! 食べる!」
「わかったっ! おれ持ってきてあげる!」
「ありがとう!」
「っ、どどどどどどういたしまして!」
 言いながら走って下に行ってしまった。

「…………。」
 恭太はわたしが宿題を終えられなくても、前のようにまだ終わんないのかよ、とも言わなくなった。ドリルを引ったくって勝手に答えを書き出すこともなくなった。
 今はわたしが終わるまで、ずっと待っていてくれる。

 なんだか…………、わたしのやり方をわかってくれたみたいで、とてもうれしい。

 

「ん?」

 本だなに見慣れない本が入っている。雑誌だ。気になったので、たなから引き出してみた。

 英語だった。​開くと、外国のモデルさんがブランドのお洋服などを着た写真がたくさんのっている。わあ……。なんかおしゃれだな。パラパラとページをめくり、見てみた。
 恭太……こんなの読んでどうするんだろう。

「タルト持ってきたから、休けいだ! っあ!!」
 恭太が大きなおぼんにタルトとホットココアを乗せて入ってきたので、テーブルの上を片した。
「わああ、おいしそうだねえ! ココアもあるね!」
「おれがココア作ったんだぞ! 絶対うまい。」
「ほんと?」
「ほんと! でもタルトを食べてからのほうがいいぞ。ココアの甘さが強いから、タルトが甘くなくなる。」
「わかった! あとで飲む!」
「どうぞっ! …………あの、りこ、雑誌ぜんぶ見た?」
「タルトおいしいね!」
「あ、うん! おいしいな!」
「なんか言った?」
「あ、え、あの、雑誌……見た?」
「ん? 見たよ。このページのこの人、かっこいいね。恭太は外国の雑誌が好きなの?」
 ちょうど見ていた真ん中あたりのページを開いて、白いワイシャツにジーンズ、サングラスを手で少し顔からずらしこちらを見ている、かっこよくポーズを取るその外国人の男の人を指した。
「……かっこいい……? この男が、かっこいいのか?!」
「うん。この人の目、黄色みたいだね。すごい。」
「は?! りこ、かっこいい男とか興味あるの?!」
「え、あるよ、ふつうに。クラスの女子のみんなでジョニーズのアイドルの話をするし、わたしもテレビで探して観るもん。」
「それは女子の話についていくために観てるんだろ。おれ知ってるぞ。りこは別にそういうの興味ないじゃん。」
「……。」
 なんでそんなことを恭太が知っているの。わたし、けっこう気にしてるのに。
 だってさ、かっこいい男の子って、テレビに出ていても絶対学校とかでは「おれってかっこいいから」みたいに、超エラそうなんだろうな、とか考えちゃって、で、周りの女子たちは「○○くんと同じクラスですごいでしょう」「告白する!」みたいな、さわぐ子がいっぱいいるんだろうな、とも考えちゃって、なんか全然気持ちがもり上がらないんだもん。手紙とか、プレゼントとか、頼まれたら渡さないと絶交とか無視されたりするんでしょ? 意味わかんない。最初から自分で渡せばいいじゃんか。
 ふと、恭太の顔を見た。
「っ、なんだよ。」
 だいたい、テレビのアイドルより恭太のほうがずばぬけてかっこいいし。クラスの女子たちはアイドルも恭太も好きらしいけど。
「……お、おれの顔になにかついてる?」
 わたしはこんなのを生まれたときから毎日見てるし、女子への対しょ方法をいつも考えなくてはならないし、べつに、テレビのかっこいい男の子なんて、そんなのを追いかける心のよゆうは持ち合わせていない。
 だから、この雑誌の外国人の男の人も、幸おにいさんみたいなかんじでかっこいいなって思っただけ。
「別になにもついてないよ。」
 なんか恭太があせって、顔を赤くして気にし始めたからそう言って雑誌にもどった。そしたら無理やり恭太が次のページをめくろうとするから、まだ見てるんだからやめて、と注意した。
「……この男のこの目はアンバーにライト当ててるから虹彩まで透過してそう映るんだよ。実際は黄色じゃないし、全然珍しくない。」
 恭太はたまにむずかしい言葉を使う。
「……よくわかんないけどかっこいいね。知り合いなの?」
「知らねえよこんなやつ! 別にかっこよくない! おれの瞳だって、茶色だぞ?!」
「? うん。この人のかみの毛、キレイな灰色ですごい。これもライトなの?」
「これはそういうカラーにしてんだろ。地毛なわけない。こいつのまつ毛を良くみろ、赤茶色だろ。よってこいつの全身の毛は赤茶色だ。おれは黒に近いダークブラウンだからな、ひきしまって見える!」
「そめているのは見ればわかるよ。あとなんでいちいち自分のこと付け足すの?」
「それにこいつはおっさんだからな、毛穴消したりシワ消したり髪にツヤ足したり肌のトーンを変えたり、加工をいっぱいしてんだよ。でもおれは加工してないぞ! 現物のままだ!」
「は?」
 恭太はなに言ってんだろうさっきから。
「でもこの人、おっさんには見えないよ。たぶん幸おにいさんより年下だよ。」
「おれとくらべたらおっさんだろ!」
「そんなの、十さいと比べたらこの雑誌の人はみんなおっさんになっちゃうじゃんか。幸おにいさんにおこられるよ。」
「……。」
 幸おにいさんはおこるとこわいらしい。わたしは見たことないけど、恭太が前にぼそっと言っていた。
 とにかく、恭太の文句がうるさいからいったんタルトを食べることにした。

「…………りこは、おっさんが好きなの……?」
 タルトはいつもどおりおいしかった。恭太はむずかしい顔をしてそのモデルさんのページをまだ見ながら、ちょびちょび食べている。
「おっさんじゃないってば。ねえ、ココアすごくおいしいよ。」
「っ、そ、そう?」
「うん。作ってくれてありがとう!」
「っ!!どっ、どっどどどどういたしまして……。」
 そういえば恭太はよく顔が赤くなる。暑いのかな。家のだんぼう、強いのかな?でも学校でもたまに赤くなってるな。まあ、お外はさむいしわたしも手が赤くなっちゃうから人のことは言えない。
「じゃあっ、りこはかっこいい男が好きなのか?」
「んーと……そうだね。このモデルさんは、かっこいいから気になった。」
「でもジョニーズは好きじゃないんだよな?」
「ふつう。かっこいいとは思うけど、クラスにいたらやだな、とかいろいろ想ぞうして、つかれる。」
「……想ぞうするのか……? つかれるの?! え、じゃあおれは?! りこは想ぞうする?」
「? しないよ。なんで恭太を想ぞうするの? いつも目の前にいるじゃん。」
「おれのこと考えるとつかれる?!」
「つかれないよ。ていうか、自分はジョニーズだと思ってるってことだよね、それ。」
「ふっ……、んなわけねーだろ。おれはもっと上だ。」

「……。」

「だってりこが、おれをとてもかっこよいですと言ったからな。ジョニーズはふつうなんだろう? だからおれは、かく実にジョニーズよりかっこよいことがすでに決定している。」
 あ、手紙で書いたことをまだおぼえているのか。
「自信まんまんだね。ジョニーズに入りたいの? まあ、恭太はすぐ入れるんじゃない?」
「入らねえよ、つかれるんだろ。絶対入らない。あ……、あのさ、りこ、これ見て。」
 なんかよくわかんない会話をして、恭太が雑誌の次のページをめくった。
「……。」
「……。」
 そのページには、黒のはい景に香水が大きくうつっていた。商品の広告のようだ。その香水のイメージのように、二人の男の人の顔のアップで交差して黒にとけ込んでいくような写真。二人の男の人は、大人っぽい一人は左、けっこう若そうなもう一人は右に、ななめ横くらいの顔の向きでうつっている。だけどアラブの女性みたいに、目元は黒くメイクされている。
「わああ……すごくおしゃれな広告だ。」
「このモデルと、さっきのこの裏のページのおっさんモデル、どっちが好き?」
 恭太が右のモデルさんをダンダン、と指してそう言った。
「うーん……どっちも好き。おしゃれなかんじがするから。」
「でもこっちのおっさんはいっぱいデジタル加工してるけど、こっちの写真は、メイクはしてるけどあとはなにもしてないぞ!! 自然の産物だ!!」
 別にどっちでもいいけれど、恭太がすごく真けんにこの写真のモデルのほうをすいせんしてくるから、別になんでもいいし、じゃあ、こっちでいいや。
「自ぜんのさん物って?……じゃあ、わかった。こっちのモデルさんが好き。」
「!!!! ほんとう?!」
「うん。」
「……お、おおおおれも好きだよ!!」
「恭太もかっこいい男の子が好きなの?」
「へ?! あっ、え?!」
「そういえばお父さんとお母さんが言ってた。好きになるのに性別はかんけいないけど、国とかれき史とか、まわりはそれをずっと認めてこなくていじめられるから、みんな言えなくて、かくれてたんだって。でもいまの世界は少しずつ変わってきてるんだって言ってた。」
「うわっ、りこ、ちがう!!」
「ちがうの? 別にわたし、何も誰にも言わないよ。」
「ちがう……!! りこ、ぜんぜんちがう!! りこがまたおれをかっこいいって言ってくれたから、おれも好きだよって返事したの!」
「なんのこと?」
 ……ちょっとよく意味がわかんない。わたし、いま恭太のことかっこいいって言った?
「このページをよく見て、りこ!!」
 交差している二人のモデルさんの広告を、言われたとおりによく見た。

「……。」
「……。」

「……。」
「……。」

「見たよ。」
「だああーーーーっ!!」
 恭太はみけんにシワをよせて、かみの毛をわしゃわしゃして、その場であばれ回った。

「これおれ!!」
「コレオレ?」
「そう、これおれ!」
「ソウコレオレ?」
「……。」

 ぼさぼさになったかみの毛はそのまんまにして、恭太が着せきした。んんっ、とせき払いもした。
「いいか、りこ。このページのかっこよいモデルは、おれだ。」
 ダンダン! と指がひん曲がっておれそうなくらいの力で恭太は雑誌のモデルを指した。
「えっ。」
 これ、恭太なの?
「……。」
「で、この左側はリックス。年始に俺たちはニューヨークに行っただろ。そのときに頼まれて、仕方なくモデルをやったんだ。リックスの知り合いがアラビック系のモデルを探していて、リックスが紹介してやると言ったら、君たち兄弟がいいって言われて。オリエンタルも混ざってて最高だってなって、正面からの顔は出さないことを条件に、ちょっとメイクして出てやったんだ。どうだ、りこ、おれも大人っぽいだろう!!」
「……。」
 恭太を見て、雑誌に目を戻す。で、また恭太を見て、雑誌を見る。
「……。」
 ほんとうだ。よーく見ると顔のりんかくとか、まゆげの形が、恭太だ。
「……。」
 メイクするとこんなに大人なかんじになるんだね。ぜんぜんわかんなかった。幸おにいさんも、ちがう人みたいだ。でも、よく見ればこれは正真正めい、幸おにいさんと恭太。
「かっこ良いだろう!!」
「……あ、うん……!」
 まさか雑誌に知っている人が出ているなんて、まったく想ぞうしていなかったから、だからこれが恭太だってわかんなかった。気づかなかった。

 

 わああ……!! すごく、すごく恭太が遠い人に感じる!!

「恭太、すごいね!!」
「っ、だろう?! すごいだろう!!」
「うんっ……すごい。もう、ゆう名人だね!」
「りこは、おれがゆう名人になったらもっとかっこよいと思う?!」
「思うよ!!」
「そ、そそそそそそしたら好きになる?!」
「もう好きだよ。」
「え?! ……あっ、ちがくて……、お友だちじゃなくて、あの、お、夫……、おっ、男として!」
「おっとこ?男?」
 恭太は無言でブンブンとうなずいた。……男として……?

 

 男の子として、好きになるか、ということ?


 ゆう名人になったら、ジョニーズみたいになったら、わたしが、恭太を好きになるかということ?

 よくわかんないけど……、わたしはもう恭太を好きだと言ったのに、なにがちがうのだろう。
「さっき言ったじゃん。わたしは、ジョニーズみたいな男子がクラスにいたら色々考えてしまって、つかれるって。ていうかなんでつかれるのかわかったよ。恭太がすでに、そのお手本だから。」
「……どういう意味……?」
「恭太がゆう名人になったら、わたしはたぶんあんまり恭太には会わなくなると思うよ。」
「…………なんで?」
「だって、恭太はすごくいそがしくなるよね。で、わたしはもっとたくさんの女子たちから色々頼まれることになるよ。わたしが恭太へのプレゼントとかをわたす係になって、きっと大変になっちゃうもん。だから、そうなる前に恭太とはお友だちじゃないフリする。そしたら、わたしもじぶんの時間が持てる。」
「…………。」
「あ、でも、恭太とはお友だちだよ! また、恭太の時間があったら、宿題いっしょにしようね。」
「…………。」


 わたしはまた雑誌の恭太を見た。……うん……本当にすごい。恭太って、すごい人なんだな。

 

「りこのばか……。」
 ……ん?
「りこのばか!!」
「?!」
「おまえがおれをかっこよいですって言ったからモデルやったんだぞ!!りこがよろこぶと思って、やったんだ!!」
「……?!」
 なんで急におこってるの?!
「なのになんでおれと会わなくなるんだよ!! りこのばか!! ぼけ!! わからずや!!」
「……っ!! なんでおこるの?!わたし、なんかイヤなこと言った?!」
「そんなのじぶんに聞け!! でもりこはばかだからわかんねーだろうな!! おまえなんか知らねー!」
 もう……おこった!!
「ばかって言った人がばかなんだからね! わたしだってもうあんたなんか知らない!! ふん、もう帰る!!」
「……!!」
 いそいで宿題やひっき用具を片付けて、雑誌も閉じて、いただいたタルトとココアの食器も重ねて片付けて、おじゃましました! と恭太に言って部屋を出た。

 

 恭太は、ずっと無言で下を向いていた。

 

 


 

 

『ケイ、お前学校終わった?ちょっとキオ見てきて。メイドの報告で、りこちゃんとまた喧嘩したっぽいから。大丈夫そうなら放っておいてすぐ帰っていい。』
 というメッセージを受けたのですぐ相多邸に向かった俺は本当にお利口さん。

 

「キョウ、入りますよー。」
 部屋に入ったらベッドにうつ伏せで動かないお坊ちゃまがいた。
 テーブルの上はしっかり整理整頓されて片づけて、ああ、これはお隣さんか。出来る子だねえ。
「おっ、これ! お二人で出た広告が載ってる雑誌ですね。俺も予約購入しましたよ。アメリカ版だから届くのは来週ですけどね。タイムズスクウェアにも数日流れるんでしょう? MTVスタジオの後ろに映るって聞きました。どれどれ……、っ! うわああ……。」
 すっげえな。
 ちょっとベースとアイメイクしてこんなになっちゃうんですね、アラブの貴公子じゃん。なんだこれ、頑張ってモデルになった人たちからしたらモデル業ナメんなってくらい簡単にモデルになれちゃうんだから、いやあほんと相多兄弟はどこまでもチートですね。
「二人ともかっこいいです。リックスさんは比較的そのままですが、メイクしてむしろ幼く見えます。キョウのほうは顔の向きを考えて、顔のパーツが長くなるように撮ってるんですね。だからキョウが俺くらいの年齢に見えます。キョウはあと五年くらいしたら、確実にそこらじゅうの女が腰砕けになる顔になっちゃいますね。選び放題です。まあ、キョウ次第だけど。……これはお隣の女の子、ビックリしただろうなあ。」
 りこちゃんのことを言った途端、キョウがビクって動いた。

 あー、喧嘩はこれのせいか。

 

 よいしょ、と胡坐をかいてベッド横に座った。
「そこはさっきまでりこが座ってたんだからお前ごときが座ってんじゃねえよバカ。」
「あー、はいはい、わかりました。」
「はいは一回にしろクソヘビ。」
「はーい。」
 テーブルの反対側に回って、そこに再度腰を下ろす。
 キョウは鼻声だった。ああ、いっぱい泣いちゃったんですかね。可哀想にねえ。

「キョウはお隣さんのために、かっこよさに磨きをかけるんでしたよね、確か。お手紙に書いてあったことは、ずっと維持するんでしょう?」
 誕生日にお隣の女の子からもらった手紙で、キョウはその日以降しばらく大変な大騒ぎをしていた。生徒会室でいつものメンバーは何度キョウの音読からの暗唱を聞かされたかわからない。

 でも手紙は絶対触らせない。セロハンテープだらけだったから、まあ、なんかひと悶着あったんだろうけどあえて尋ねなかった。かわい……可哀想だし。この前、垰がふざけて手紙全文を暗唱していて死ぬほど笑ったもん。お隣さん、知らない男子高生の間でこんなにネタになってて本当にごめんね。全部キョウの自慢のせいだからね。まあ、俺たち全員一字一句正確に記憶しちゃったから、忘れるまではあと数年かかりそう。

 

「で、成果はどうでしたか? お隣の女の子は、キョウのこともっと好きになってくれました?」
「……。」


 まあ、そうだったらキョウはこんなに落ち込んではいない。


「なにかアドバイスできればと思って参りました。仲直りは一秒でも早いほうが行動心理としても許容され易いですよ。」
「…………りこに、俺はかっこよくなったらもっと忙しくなるから、……りこは疲れるから会わないって言われた。」
「ふむ。」
 菱谷くんのスーパーコンピュータで話の穴埋めと前後を推測中。
 あー、なるほど。

 お隣の女の子はキョウの取り巻きの処理が増えるから疲れるってことを言ってるのか。今の状況のままキョウのかっこよさに磨きをかけられたら、彼女はただただ事務処理が増えて、……うん、あながち間違っていないんじゃない?


「キョウ、お隣さんとこれからも会うためにはどうしたら良いと思います?」
「……。」
「これは俺の考えなので聞き流して頂いて構いません。貴方の大切な幼馴染さんはキョウがかっこいいことはわかっています。でも彼女にとってそれは現状、他の女子から貴方へ殺到しているアプローチの橋渡し業務にしかイコールになっていないんです。つまり、貴方がこれ以上かっこよくなっても、キョウの言葉や態度がもっとその子に愛として伝わらない限りは意味がない。なのでかっこよさは磨かない方がいいかもしれないです。ていうか磨かなくていいですって。何もしなくても十分です。」
「……。」
「となるとつまり、キョウが至急したほうがよいことは、その子に寄り添ってずっと仲良くしておくことですね。」
 

 だって、それくらいしか無いよねえ。

 キョウがいつまでお隣の女の子を好きでいるかもわかんないし、なにより、その子がキョウを選ぶ確率もわかんないし。だってまだ十歳だろう。
 だから、キョウが落ち込まないようにマシな選択肢をその時その時で選んでいくのが無難だ。

「…………。」
 キョウがむくっと起き上がった。

 俺に見えないように、目をごしごしこすっている。あああー恋に悩む十歳、かわいいーじゃなくて可哀想に……!

「慶尚、花屋。」
「おっ。いいですね。承知いたしましたー。」

 

 このあと小さな貴公子が二本の真っ赤な薔薇をお隣さんに贈って仲直りしたけど、意味を分かって薔薇の二本にしたっぽい、ということをリックスさんから聞いて、思わず花言葉を調べて生徒会メンバーに緊急速報しちゃったのは……秘密!
 

​おわり。

 

暑中お見舞い申し上げます2018 SUMMER!

いつも素敵な応援を贈り続けて下さる大好きな読者さまたちへ、

​ささやかですがお楽しみいただけましたら幸いです。

2018.07.16 まりや

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